母への恩返し・・・水田マリ

皆さん、連休はいかがお過ごしでしょうか?
水田マリは、仕事!仕事!でございます(⌒-⌒; )
しかし、明日は久しぶりに田舎に帰ります。日帰りですが(⌒-⌒; )
往復で8時間ほど運転して。
私が子供の時に亡くなってしまった母の33年忌になります。
新型コロナのこともありまして、数人集まれる人だけで・・・。
父も数年前亡くなりましたので、伯母がそういったお世話をしてくれています。
ありがたいですね。
お盆にお墓参りも出来なかったのでやっと・・・(^ ^)

母は脳腫瘍で、手術を受けましたが、意識が戻らないまま亡くなりました。
脳腫瘍だとまだわかっていない頃、父と母が喧嘩をしていた事を今でも覚えています。
「何で返事をしないのか?」と父が母に声を荒げていました。
母は「耳が聞こえにくい」と泣いていました。
その時はわからなかったけど、脳腫瘍の影響だったのです。
あの時すぐに病院に行っていれば・・・

母の病気がわかり、入院をするときに私は、初めて病気を知らされました。
手術するという事、病気なんだ!という事はわかっていたけど、まさか
こんな結果になるとは、全く想像もしていませんでした。

手術の日も、普通に学校に行かされました。しかし、教室に別の先生が来て、
授業中に帰る準備をしなさい!と言われ、叔父と共にタクシーで病院に行きました。
それから、どれくらい昏睡状態だったのか?1ヶ月以上?
私はそんな中、この連休に初めて病院に泊まっていいよ!と言われ、
嬉しかったことを覚えています。ちょっとワクワクしていました。
しかしその日、私は泊まることなく・・・母は亡くなりました。

母が手術をする前に、最後に遊んだ記憶・・・
指相撲をしました。その時、私は母に負けてしまいました。
母は、「まだお母さん勝てるよ!」と言いました。
負けたけど、元気なお母さんがいて、嬉しかったような気がします。
笑って「あ〜あ負けちゃった」と私は言ったのかな?

それ以来、指相撲って私の中でちょっと苦手になりました。
特別な思い出だからなのかな?
誰かが、どこかの占い師さんに言われたそうです。
「9月24日に母は目覚める!」と・・・。
9月24日は、母のお葬式となりました。
天国へ旅立ったのです。私は記憶にないのですが、母が私と兄に自分の旅立ちを
知らせる不思議な体験をしました。母がお別れをしてくれたのです。
私は、信じたいと思います。
ちゃんと目覚めて、天国に行くんだね(^ ^)

母に甘えて、母の後ろにくっついてばかりいた私・・・。
心残りしかなかったと思います。
私が、しっかり、たくましく生きることが、母への恩返しなのです。

この内容のコラムは以前も書いたと思います。
この時期になるとどうしても書いてしまいます。
そうやって思い出すことも供養の一つ!
自分を見つめ直すいい機会です。

皆さんも、自分がすべき事、今しかできない事があると思います。

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